小平町文化交流センターサポーターズクラブ屋根
倉本聰が描いたもうひとつの「北の国から」
と き:2003年1月26日(日)18:00開場 18:30開演
ところ:小平町文化交流センター
主 催:小平町文化交流センターサポーターズクラブ
後 援:小平町・小平町教育委員会
協 賛:(財)北海道市町村振興協会
企画・制作:F・C・S 富良野塾
チケット:一般3,500円 高校生以下2,500円(全席自由)
お求め:小平町文化交流センター・役場鬼鹿支所・役場達布支所・ローソン小平店・ローソン鬼鹿店・吉崎レコード店(留萌市)・さしかわ楽器店(留萌市)・喫茶ビューネ(留萌市)・喫茶わーげん(留萌市)・留萌管内各市町村教育委員会
その他:託児所を設置します。(要予約) 駐車場に限りがありますので、公共交通機関をご利用ください。
作者のことば
家は朽ちるとき、不思議と最後まで屋根を残す。そういう廃屋を何軒も見てきた。
子供の頃、よく屋根に上って遊んだ。
足の下にあって支えてくれるものが傾いているというあの不安定な感覚。見つかると怒られるという罪の意識の中でうしろめたく味わうあの充足感。
空襲の最中屋根へ上り、木で作った機関銃で上空のB29をダダダと模擬操射し、目の玉がとび出る程怒鳴られたこともある。
屋根はその下に住むものの出来事を逐一見つめ、ひそかに笑ったり、涙を流したりして来たにちがいない。もしかしたら屋根はそうした出来事を、我々が疲れ果て眠ってしまった後で、つぶさに星たちに語ったかもしれない。
この物語は云うならば屋根が、星たちに語った物語りである。
屋根はその客観的俯瞰の目線で大正から今への日本の歩みをどのように星へ伝えただろうか。主観にまみれたマスコミの報道より屋根という客観の語り部の話が、どうにも僕には気になってならない。
戦前僕らは物不足の中で、かつかつの暮しを強いられてきた。それがあの凄さまじい復興の中で、たちまち解消し、ばかりか逆に「豊か」という名の物の溢れる時代を招いた。需要と供給のバランスが崩れ、充満した物品を浪費せよと経済社会は声高かに叫び出した。
節約が善であり浪費は悪である。そういう教育を受けて来た我々は、この転向に震えて立ちすくむ。
時代の為に死んでいったものたち、ひっそり耐えて生きて来たものたち。
この人々の人生の物語を、屋根は星たちにどう語ったのか。
そのことを静かに考えてみたい。
倉本 聰(くらもと そう)profile
1963年ニッポン放送退社後、シナリオ作家として主にテレビドラマを書く。
1977年北海道富良野市に移住。1984年富良野塾を創設、主宰。
1993年より、環境問題を考え行動する作家たちのグループ自然文化創造会議(C・C・C)を設立、議長をつとめる。
1996年世界の芸術貢献者に送られるモンブラン・て・ラ・キュルチュール賞受賞、1998年オメガアワード、2000年文化、芸術、学術の分野での功績により紫綬褒章を受章。
主な作品
■テレビ
前略おふくろ様
6羽のかもめ
幻の町
北の国から
昨日、悲別で
ライスカレー
玩具の神様
他
■映画
冬の華
駅−STATION−
他
■著書
さらばテレビジョン
北の名人録
ニングル
左岸より
富良野風話
他
■舞台
昨日、悲別で
谷は眠っていた
今日、悲別で
ニングル
走る
オンディーヌを求めて
屋根
他